【子どもが素直に聞いてくれる“最後の時期”にやるべきこと~小学校低中学年の性教育は理解に落とす時間~】

コラム

「性教育はいつから始めたらいいですか?」

この一般的な問いに対して、私はいつも
「もう始まっています」とお伝えしています。
これはトイレトレーニングにおいても同じなのですが。

幼少期から、私たちはすでにたくさんの“性”に触れています。
たとえば、カブトムシやメダカを育てる中で知る「オスとメス」。
命が生まれるしくみ。
絵本や日常の会話の中で、なんとなく受け取ってきた“いのちの話”。

つまり、性教育は突然始めるものではなく、
ずっとそっと、生活の中で続いてきたものの延長線上にあるものです。

そして、小学校低学年という時期は、
その“なんとなく知っている”を「理解」に変えていく、
とても大切なタイミングだと思います。

なぜ今なのか

この時期を私は、少しだけ正直にこう捉えています。
「素直に聞いてくれる、最後の時期」

ちょっとドキッとしてしまうワードかもしれませんね。
もちろん、「ママが嫌いになる」という単純な話ではありませんよ(笑)
でも確実に、子どもたちの世界は外へと広がっていきます。

・友達との関係が深くなる
・学校という社会の影響が強くなる
・親よりも“外の価値観”を取り入れ始める

そうなると、どうしても「親とじっくり話す時間」は減っていきます。
親だけという関係性も、広がりを見せていきます。

一緒に図鑑を開いたり、何気ない会話から広がる深い話をしたり。
そういう時間は、意識しないとどんどん減っていく。

だからこそこの時期は、これまで積み重ねてきた“種”を、
しっかり芽にしていく時間なのです。
種まきしたか不安な人は、もう今からジャンジャンやりましょう。
種まきも大事です!
今更と言っている暇もありませんよ!

「知っている」から「理解している」へ

幼児期は、“感覚的に知る”時期でした。

  • オスとメスがいる
  • 赤ちゃんが生まれる
  • なんだかすごい

実は、それで十分です。興味という種を見つけただけでいいんです。

でも、小学生になると、子どもたちの中に「なぜ?」が増えてきます。
ここで大切なのは、その問いを流さず、一歩踏み込んで伝えること。

例えば、カブトムシの話で終わらせずに、
「どうやって命がつながるのか」を図鑑や絵本を使って一緒に見ていく。
“なんとなく”を、“言葉と理解”に変えていく。

このプロセスが、のちの思春期の受け止め方を大きく左右します。

「人間の話」にちゃんとつなげる

そしてもう一つ、大切なステップがあります。
それは、「自分の話」に引き寄せることです。

動物や昆虫の話は入り口としてとても有効です。
でも、そこで止まってしまうと、どこか他人事のままになってしまう。

だからこそ、この時期にぜひやってほしいのが、「あなたが生まれたときの話」です。

  • どんなふうに妊娠がわかったのか
  • お腹の中でどう育っていたのか
  • 出産はどんな時間だったのか

そして、ぜひ加えてほしいのが「そのとき、ママはどう感じたか」です。

嬉しかった、怖かった、痛かった、愛おしかった。
どんな感情でもいいんです。

ここで大切なのは、“正しいストーリー”ではなく、
“本当の感情”に触れること。
この体験が、「命=自分ごと」として腑に落としていきます。

道徳のテーマでも話した、ジャッジや正解不正解はいりません。

モロイ家のエピソード

我が家でも、息子たちとの夕食時にはこういった会話になることがあります。
そんなに頻出する話題ではないですが、何回か出産の話をしました。

出産エピソードって長いので、断片的に話していましたが、
それでもいいので、ぜひ話してあげてください。
私の場合3人なので、それぞれの話をしておりましたよ。

「クラは、陣痛始まったのに治まって1回退院させられてね」とか
「こうちゃんは破水から始まったよ」とか
「清ちゃんで、やっと産声聞けたんだよ~ママ」
なんていう話です。

そんな話から始まって、
「でも、それ以上に会えたときが本当に嬉しかった」
と伝えたとき、息子たちはいつもはにかんでいます。

そういう話をすると、
私の誕生日には、「おばあちゃんが頑張って産んだんだね」とか
自分の誕生日に私に「産んでくれてありがとう」と言ってもらったり。
彼らなりに、この話から「命をつなぐこととは」を学んでくれるのですね。

この一連のなんてことない会話が、
“知識”だったものから、“理解”へと変わった瞬間だったと感じています。

「正解を教える」から「対話する」へ

ここで、もう一つ大事な視点があります。

それは、正解を教えようとしすぎないことです。
前月の道徳のテーマでも触れましたが、
思ったことにジャッジはいらない
感じたことには、その人の意味がある
性の話も、まったく同じです。

子どもが何かを感じたとき、それを「違うよ」と修正するのではなく、
「そう感じたんだね」と一度受け止める。

この積み重ねが、思春期に入ったときの“相談できる関係”をつくります。

実はエビデンスもある話

発達心理学者のエリクソン。
kuccaの本コースではお馴染みですねw

小学校低学年〜中学年にあたるこの時期は、
「勤勉性 vs 劣等感」の段階です。

子どもたちは、

  • 自分でできた
  • わかった
  • 理解できた

という経験を通して、「自分はできる存在だ」という感覚を育てていきます。

逆に、

  • わからないままにされる
  • 聞いてもはぐらかされる
  • タブーのように扱われる

こうした体験が続くと、「自分は知らない」「聞いてはいけない」
という感覚につながっていくこともあります。

性の話も、まさにここに当てはまります。
子どもが興味を持ち、問いを投げかけてきたときに、

・一緒に調べる
・わからないことはわからないでよい
・きちんと説明する
・「理解できた」と感じる体験をつくる

この積み重ねが、単なる知識ではなく、「自分のこと(命のこと)を理解できる力」を育てていきます。

さらにこの時期は、
◎他者の視点を理解できるようになる
◎社会の中での自分を意識し始める
という特徴もあります。

だからこそ、
「自分がどう生まれてきたのか」
「命とはどうつながっているのか」
といったテーマが、はじめて意味として受け取れるのです。

つまり小学校低学年~中学年の性教育は、
【理解できたという経験を通して自分を大切にできる土台を育てる時間】
とも言えると思っています。
とても大事な時期ですよね、、、、(いつもだけどw)

今、やってほしいこと

この時期にやってほしいのは、「一緒に深めること」

・図鑑や本を一緒に見る
・出産の話をする
・子どもの問いを流さない

特別なことは必要ありません。

ただ、今までやってきたことを、もう一歩だけ丁寧に扱う。
それだけで、子どもの中に残るものは大きく変わります。

子どもは、あっという間に親の手を離れていきます。

だからこそ、まだ隣で話を聞いてくれるこの時間に、
何を手渡すのか。
性教育は、知識の話ではありません。関係性の話です。

そしてその土台は、こうした何気ない対話の積み重ねの中にあります。
今だからできる関わりを、ぜひ大切にしてみてください。

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